ピッタリの屋根修理の匠は見つかりましたか?
「どの屋根修理の匠を選べば良いかわからない…」という方に、お住まいの都道府県や屋根に対してのお悩み・ご要望などからピッタリの職人をご案内します。
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技能グランプリ二冠を最年少で達成した岐阜県多治見市の成田屋根工事店の成田篤孝さん。屋根の道に入ったきっかけや、独立の経緯、様々な社外の活動などについて伺いました。
僕は愛知県の愛西市で生まれました。合併前の佐織町というところです。
父は公務員で、自衛隊員で特に屋根や建築に関係あるというわけではありませんでした。
小さい頃は野球少年で、小学校から中学まで真剣にやっていて県大会まで行けました。
高校は特待生で入りました。
いえ、陸上の特待生だったんです。
中学には陸上部がないから、地区大会ではいろんな部活から寄せ集めで足の速い子が集められて出場するんです。
それの練習して出場したら地区では一番二番になったんです。
でも走るのは好きではなくて。
元々そんな好きじゃないのに楽して高校入ったら、周りはみんなすごい走るの早い人ばかりで、しかもみんな本気だけどこっちは中途半端やしで、二年の頭くらいで全然面白くないからやめちゃったんですね。
それで学校も中退して。
まだですね。学校辞めてよくある感じで色んな職種を転々としていました。
結構色々仕事して建築系とか楽しいなって思ったんですよね。
ただその時はそれよりも遊びが楽しくて、仕事は嫌いじゃなかったけど一日行って無断欠勤とかしていました。当時はほんとにクズでしたね(笑)。
そう。野球は好きだから頑張ったけど陸上は好きじゃなかったからやめました。
そのプラプラしてた時に、一ヵ月とか仕事続いた時もあったのですが、結構いろんな社長さんに「お前はちゃんとやれば大したもんなのにな」って言われました。
仕事に行ったらすごい頑張ってやるんですけど。
けどその時は遊びが勝っちゃってふらふらしてました。
いえ、それは父親が前住んでいたところは地盤が弱いからって言って、多治見はすごい地盤が強いからという理由で19歳の時に家族全員で引っ越してきました。
でも毎日のように多治見から地元に遊びに行ってましたね。
それで多治見で瓦さんに勤め始めた時も「成田は月曜日は来ないぞ」って言われてて。
日曜に愛知に遊びにいって月曜も休むのが定着してまして。でも特に叱られるとかはなかったです。
でももう19なので、ちゃんと仕事もしんといかんなと思って。お金もほんとなかったですし。
それで20で結婚して仕事はちゃんと行くようになりました。
その瓦屋さんの面接の時に「早く独立したいのですが、そんなルートってありますか?」と聞いてたんですよね。今から思うとなかなかですよね(笑)。
面接してくれた当時の親方から「ちゃんとやれば(独立)できるぞ」と言われて。
その会社に入社して瓦をさわるようになったのですが、知らないということが気持ち悪いので、早くできるようになるために休憩中でも誰かに聞きまくってました。とにかく早く仕事を覚えたいというのがありましたね。
早く独立したいという目標があったので突っ走れたと思います。
そうです。それが一回目の独立ですね。
25歳まではその会社でずっとお世話になっていました。
辞めた後は、他に仕事の取り方を知らなかったのもあって、その元々お世話になっていた会社から仕事をもらって下請けをやっていました。
そして独立して1年後に元いた会社の社長としゃべる機会があった時に、「取締役として入れてやるから営業で戻らんか」と声をかけてもらったんですね。
実質No2としてというお話で。10歳以上年上の先輩とかもいるから迷ったんですが、営業も経験しないといけないと思って戻らせてもらいました。
ゆくゆくは社長にという話も頂いていました。
でも人からもらうよりも自分で作り上げたいという気持ちが自分の中にあって。
それで社長に、「本当にごめんなさい。やっぱり辞めて自分でやりたいです。その時にもう一回仕事もらうことできますか?」と言ったら、さすがにそれは先輩たちをさしおいて上に行っておいて、辞めますから仕事をくださいはない話だろうとなって。
まぁそれはそうですよね。
それで、仕事ゼロで独立するか、独立したい気持ちを我慢するかの二択になりました。
この時は過去一悩みました。
家族もいるけど、すべてを捨ててもう一度独立することを選びました。
うーん。ある意味では何も考えてないからできたと思うんですよね。
普通の人だったらそんなことしないと思うので。
実はその時一番不仲でしたね。
当時貯金100万くらいしかなくて。それをくれとも言えないじゃないですか。
両親から借りたお金と国金(日本政策金融公庫)から融資を受けた900万でスタートしました。
そのお金も会社のホームページ作ったりトラックなど必要なものをそろえているうちに600万がすぐなくなっていきました。
一番怖かったのが残り資金が200万になったときでしたね。
自分で開拓するには結局2年くらいかかりましたね。
最初は人の応援にいって日当を稼いだりしてました。
でも僕は運だけはあって。独立をスタートして3~4か月で雪で壊れた樋の保険の仕事をやりませんかという電話をもらって、その仕事がそこそこもらえたので、食い扶持を稼げるようになりました。
その保険の仕事を二年くらいやっている間に、ホームページからたまに問い合わせもくるようになりました。チラシも配ったりしているうちにちょこちょこ依頼も増えてきて。
そうです。二回目のグランプリが九州であって。
一回目(※平成27年)の時に優勝しているからというのあって優勝しか選択肢になかったです。
優勝したら保険の仕事を辞めると決めてました。やりたくないわけではないけど、自分がやりたい仕事ではなかったので。
二つのグランプリで優勝している人は二人しかいないというのも優勝しなきゃいけない理由でした。
今回とれたら歴代最年少にもなりますし、県の予選会などもあり毎年出れるわけではないので、逆に今回を逃すと二年後とかになるので、ここで取るしかないなと。
はい、練習にはすごいこだわりました。
12~2月という寒い時期に練習しないといけないから、みんな口そろえて手がかじかむと言うんですよね。
だから僕はなんとしても環境を整えて、暖かいところで練習したいなと思って。
たまたま九州の大会の課題がちょっと小さめだったから、奥さんに部屋貸してと断って、自宅の寝室のベットをどかしてその部屋のなかに屋根を作って夜中まで練習してました。
そうですね。保険の仕事はきっぱりと辞めまして。
優勝したことによって、当時の市長の市長室に表敬訪問とかすると、地元の新聞に掲載されて、それで仕事も結構増えていきました。
その時は社員は一人とかなので、月に2件あればなんとかやっていけました。そうやってコツコツと信頼を積み重ねていきました。
日本人の職人が4人と、あとベトナムからの技能実習生が1人、あとはパートさんで全員で10人います。
職人は全員技能士を取得している経験者です。
会社の雰囲気はよくて、みんな仲良くやってます。
そこも結構悩んだんですけど、「仕事が先が人が先か」で、みんな仕事もないのに人なんかいれないじゃないですか。
僕は経営者の塾に行ってて、そこで「そんなこと言っていたらいざ人がいなくなったら困るぞ」と言われて、考え方がちょっと変わって、人が余ってもいいから採ろうとなったんですね。
ベトナム人は二人とも言葉の壁はありますがめっちゃ真面目でいい子です。
最初は言葉の壁はありますが年数いればなんとかなりますね。
一旦国戻ってまた戻ってくることもできますし、僕は彼らにずっといてほしいと思ってます。
僕自身というよりもお客さんがどうしたいかですね。
現地調査に行ったときにあと何年住まれますか?とかライフプランとかまで細かく聞いてから提案をしています。
それで見積りも何パターンかだしています。
葺き替えの場合で屋根を軽くしたい人にはガルテクトをおすすめして、なんでもいいという人には瓦をすすめています。
昭和56年以降に作られた建物は構造が丈夫なので、洋瓦や乾式の瓦にすれば十分耐えられます。
どうしても軽くしたいという人には軽い屋根材を提案しますね。
Tルーフは粉が落ちるなどのそれぞれのデメリットをしっかり伝えるようにしています。
ベトナムの子以外はうちの職人はみんな技能士をもっていますので、依頼してくれたら技能士が施工します。
好きな瓦はいぶしですね。
反らせ方や割り付け方、切ったところをきれいに合わせられるかなど色々難しいからやってて楽しいですし、できたときの達成感がありますので。
もともとはうちの長男が中学二年の時に学校の職場体験を授業でやるとなった時に、その時うちではまだやってなかったんですが、僕がうちにこいと言ってたらそれを先生に言ってくれたみたいで。
先生から「今年は無理ですけど、受け入れをやってくれるんですか?」と言ってくれて、その次の年からやるようになりました。
来た生徒さんには座学で瓦や他の屋根材を紹介したり、小さい屋根に瓦並べてもらったり、瓦を割る体験やドローン飛ばして写真撮ったり色々やってもらってます。結構興味もってくれて僕も楽しいですし、地域貢献して瓦や屋根のこと知ってもらうことも大事かなと思います。
昔と違って今は瓦よりもガルテクトが増えてきて、瓦屋さんに今暇な人が多いんですよね。
そういう人たちに板金屋根とか色んな仕事をおぼえてもらって忙しくなってほしいなと思いまして。それでうちからもお仕事も頼めたらいいなという想いがあります。
会社の目標売上は10億ですね。今2億くらいなので。
あと内閣総理大臣賞がほしいです(笑)。
日々が楽しいということも大事ですね。
僕は人生を楽しんでて、自分の40代や老後も楽しみです。
目標を立てることと、あと日々を楽しむことですかね。
あと、人にこれいいよと言われたらとりあえず一回やってみます。
大体の人は人にこれいいよと言われたらへーとかいってやらないじゃないですか。僕は大体やります。とりあえず一回やってそれから考えます。
仕事や色々なことを通して、新しいことや知らないことをやるのがこれからも楽しみですね。
気になる職人さんがいれば、直接ご連絡いただくか、フォームから「ご希望の屋根修理業者」をご記入の上お問い合わせください。
01
電話やLINE、メールからお気軽にお問い合わせください。
02
お伝えいただいた内容から、お住まいの地域の職人をご紹介します。
03
職人が現地にお伺いして現地調査を行います。
04
調査の結果をもとに、無料お見積りと工事のプランを提出します。
05
お見積りや工事にご納得いただければ屋根工事に着工します。
台風や強風など自然災害による屋根の破損の補修には、ご加入の火災保険が適用される場合があります。
劣化が原因の雨漏りなど、原因が自然災害ではなく経年劣化である場合は適用されないためご注意ください。適応されるかどうかはご加入の保険会社にご相談ください。
簡単な補修なら数万円程度で済む場合もありますが、屋根カバー工法や葺き替えなど大規模な工事になると100万円以上かかることもあります。屋根材や劣化状況によって費用が大きく変わるため、まずは現地調査で確認することが大切です。
雨漏りが発生している場合は、すでにルーフィングシートなどの屋根の防水機能が劣化している可能性があります。そうなると野地板にも腐食が起こっている可能性も高くなり、葺き替えなど大がかりな工事が必要なことも。
そうなる前の、劣化症状に気付かれた早めの段階で点検や修理をご依頼いただくことが、家の劣化を防ぐことや費用を抑えることにつながります。早めの点検がおすすめです。
もちろん対応可能です。
『屋根修理の匠』には、今すぐ修理工事の必要が無いにも関わらず、修理の必要性を強調したり不安を煽ったりするような悪質な業者は登録されていませんので、ご安心の上お気軽にお問い合わせください。
屋根修理については、それがたとえ瓦数枚の差し替えのような小工事であっても、プロに任せるのが得策です。高所作業になるので、大きな事故や怪我のリスクがあります。
専門家ではない方が作業をすることで、かえって被害が悪化するケースもあります。
素人作業によって屋根上の水の流れが変わり、適切に水を地上に排水できなくなり雨漏りが起こった、という事例もあります。
屋根の状態や立地などによって多少前後しますが、平均的な戸建て住宅(35坪程度)であれば、
・葺き替え工事なら1週間〜10日程度
・カバー工法なら5〜7日程度
が平均的な工事日数です。
突然やってきた業者に「屋根が浮いている」「今すぐ修理しないと危険」と不安を煽られた場合、その場で契約しないようにしてください。まずは写真などで状態を確認することや、別の業者にも点検を依頼するなど、落ち着いて判断することが大切です。
屋根修理は業者によって提案内容や費用が異なることもあるため、複数の業者に相談することで状況を比較しやすくなります。
まずはお近くの屋根の専門業者に現地調査を依頼して屋根の状態がどうなっているのか、工事が必要なのか、事実を確認することをおすすめします。
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そのため、信頼できる業者選びがとても重要です。
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